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これ本当に効くわぁ。もうリラックス効果以外じゃ温泉を超えてるね。

こういう商品をたくさん出してほしい。

# by dondiego4 | 2019-06-02 22:24 | 雑記

ダンヒルのスリーイヤーズマチュアードに感じる熟成したヴァージニアの風味の良さと癖。

ラールセンのスイートアロマティックにあるフランボワーズ(?)や桜のような気品ある着香。

そしてベースはピースらしい一体感とバニラの風味。

すでに紙巻の次元ではないんだけど、いいねぇ、これ。

こういうパイプタバコがないかと思うほど、出来栄えは良い。

唯一の欠点とすれば、ヴァージニアの癖をあえて残しすぎていることかな。

パイプユーザーからすれば、これこそ日本のパイプタバコとして販売してほしいものだけどねぇ。

素晴らしい。超お薦め。買って吸わなきゃ損損。



# by dondiego4 | 2019-05-26 23:24 | 雑記

名称:ブリックハウス ロブスト
寸法:ロブスト
産地:ニカラグア
値段:1000円
分類:辛口複雑
評価:―

確か去年の10月末くらいに買ったロブスト。

まさにベストな状態になって吸ったのだが――・・・・。

風味

前半
上品な木質系 僅かにナッツやクリーム ミディアムフルな重さ
ヘザー いかにも上品でスタンダードな葉巻 カステラのような風味

後半
基本的にロブストらしく中盤の終わりから一気に味わいが引き締まる
ブリックハウスの芳香な風味がロブストテイスト(軽い感じ)で現れる 雑味とも言える味わいの不明確さは無くなる 木質は上品で高級なチョコレート風味に 一方で上品な木質さは健在 そのまま終わる

評価:不明

うーん・・・。
かなりクラシックな葉巻だと思う。半年くらい丁寧に状態を整えたのだが、正直、まだ底知れないポテンシャルを感じる。一年超えて葉巻が柔らかさを持つくらいじゃないと、この葉巻の真価を発揮しないように思える。まさに熟成向けの葉巻。

しかし、大量消費が主流で時間の流れが急速な現代の、利便性だけを追求しまくる時代とは見事に逆行している商品だなぁ、と。これなら他の葉巻の方がよっぽどいいものあるし。そもそも選ぶ理由にならない。日本人向けのボディでもないし。

完全な玄人向けの葉巻。安易に手を出すべきではない。

# by dondiego4 | 2019-04-13 23:39 | 葉巻レビュー

6mmバルサフィルター

最近サビネリのパイプを入手したのでプカプカやってるわけだが、

当然サビネリといえば6mmバルサフィルターというね。

やっぱ付けちゃうわけだが。

これ結構、味を不思議な感じに吸収してしまう上に、

やっぱ木だよね。木の風味が口に来る。

バルサ的な感じの爪楊枝みたいな?

木製の発泡スチロールみたいな風味があるんだよなぁ。

これが結構風味を斬新なものにする。

おまけに特徴的だなぁ、と感じるのが重いタバコを吸うとき。

煙のヤニ感と苦味が口内に最初ガツンと来るので、ぶっちゃけ吸いづらい。

フィルターってやっぱ大事だなぁと感じる。

自分は9mmフィルターが一番好きだが、いくらbigbenのフィルターを使って吸っても、

全然旨みを感じない。ので、コスパがすごい悪いがスタンウェルの9mmフィルターを愛用している。

しっかり旨味を残しつつコクがありキレのある輪郭が残るで非常に良い。

6mmチャコールフィルターが使えるなら、バルサじゃなくてきっとそっちの方がいいだろう。

BCというのが不安だが・・・。




# by dondiego4 | 2019-04-04 23:50 | パイプタバコ

日本という国に強い不安と違和感を覚えた一日だった。

政治的には保守派だと自認している自分だが、今回の「令和」は眉をひそめるもので、元号の再選定を提案したい。

①「令」という字
 れい、という言葉の読み及び発音自体、「霊」「隷」「冷」「零」とか、あまり意味も良くない上に印象も悪い字を連想してしまうのではないか。人名ならばその字を使わなければいいだけの話だが、元号に使用するにふさわしいものなのか、いささか疑念である。特に「霊」は、元号で使用されていること自体驚くもので、中国を由来としている元号では、絶対に使ってはいけない意味合いを持つもの。暗君や暴君へ死後付けられる漢字である。

 加えて、人名のルールであるように「令」という漢字が「冷」「零」など、印象の悪い意味で使用される字に付けられている点を考慮すると、私個人としては、元号に使用するのは、かなり悪い印象がある。
 もっとも、こう捉えてしまうと、どの字を使うことも難しいので、かなり疑念を抱く部分はあるが、こじつけや当てつけと見てもらってよい。そういう目でみれば何事も悪く見えてしまうのだろうと。

②「令」という意味
「令」という字の成り立ちとして、ざっと言えば「跪いて神意を受ける」という意味から命ずる、言いつけるという意味合いだそうですね。
 一方、安倍首相は「令和」には「人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つという意味」があると述べました。
 この「令和」は、つまり人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育っていく時代であってほしいということを意味しているそうなんですが、「令」という字は大ざっぱに、神頼みという意味合いと、「こうしろ、こうせよ」という意味合いがあるわけですね。
 非常に混沌としていますね。「令和」に託した願い・こうあってほしいという思いを持つ「人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つという意味」を持ち、一方で、「和」はわかりますが、「令」は、「こうあってほしいよ神様」というものと、「こうしろよお前ら」みたいな意味を持ってしまっているわけです。
 単語・漢字というのは、様々な意味を持つのは言葉の宿命みたいなものだと思いますが、「昭和」は明るく和やかなという意味が、「明治」は明るい治世であろう、ありたい。「平成」は平和な世になりますように、と、かなりてきとーでいいかげんな今思いついた私の解釈ですが、こうなふうに読めるわけですね。(※無論、本来はもっと厳粛でしっかりとした解釈があります)。
 非常に意味や意図がわかりずらく、また、「神」に対してお願いか宣言をしているのか、「民」に対して望んでいるのか、「民」にこうあれと命じているのか、あるいは全部なのか。非常に不明確で不明瞭で、意図がわからないですね。
 これもこじつけといえばこじつけ、当てつけと言えると思います。が、歴代の元号を見てみると、意図や意味はてきとーに都合よく解釈しても明瞭で、とても親しみやすいと思いますし、全国民が共有するにふさわしい考慮されたものであると思います。
 その点で、今回の「令和」は、ここははっきりと述べておきたいのですが、意味を読み取り難い上に、先述した①のことを含めて、思慮浅はかだと述べておきたいです。少なくとも私は、元号にふさわしくない漢字だと思います。

③万葉集を由来
 これがもっともよろしくないことです。長々と①と②を理由を書いてきたわけですが、正直、①②はこじつけと言われても良いのです。③がダントツでよろしくない。
 別に万葉集が悪いわけではありません。問題は、「今までの歴代天皇及び臣下並びに中国と日本の古の聖賢たち」への敬意と賞賛、伝統と文化を礼儀礼節も持って受け継ぐ儀式的行為を、さも否定すると見ることもできる、全く新しい試みをするに至った理由とは何か、ということです。
 要するに「今まで数千年間続けてきた伝統を否定する怪しい動きと見れる行いをした、それに見合うだけの理由は?」ということです。これは非常に重要なことです。
 いや、儀式というのは非常に形式的なもので、そんなものどーでも良いと思う方も多いでしょう。たかだか元号くらいで考え過ぎのお馬鹿さんじゃないですか、と。もう少しわかりやすくたとえましょう。
 皆さんは今、お葬式にいると考えてください。あなたの大切な知り合いのご両親が亡くなられたと考えてください。
 お葬式ですから、みんな喪服やそれに準ずる礼装で、、、。おや、来てみれば、みんなラフな格好をしている。会場ではバリバリのロックな曲がかかり、お坊さんがリーゼントヘアーでエレキギターを持って木魚を破壊して。最後はみんな笑顔で大爆笑しながら故人を見送る――。
 こんなお葬式は見たことがないでしょうし、普通の感性があれば見たい行きたいという人はいないでしょう。無難で、失礼のない問題を絶対起こさないようにする。それが、冠婚葬祭のルールであり、マナーですね。
 儀式というものは、派手さ、目新しさはあって良いと私は思うのですが、縁起でもないような行為はするべきではないというのが、絶対のルールであると思います。要するに、目新しさはどうあれ、無難なことは絶対、ということです。結婚式で新郎新婦は死ぬようなことは、あってはならないんです。
 そう。今回の元号という儀式的行為で、何百代という歴史をひっくり返してしまう蛮行ともとれる無難ではない行為こそ、万葉集を由来としたことです。目新しいというには、あまりにも伝統を無視した、歴史への敬意なき行いであると断言できると考えます。
 ただ、私は「伝統と革新」にも理解はありますし、これを最悪の悪行と断言しないのには、理由があります。日本由来の元号、日本人の私としても歓迎すべき誇り、アイデンティティ。それは否定してはいけないものではあります。
 少なくとも、万葉集を由来として歴史と伝統を覆しただけの理由を提示すべきです。要は理由が超大事なんだぞ、ということです。
 本当にくだらないことにも見えるんですがね。しかし、ヨーロッパの王様が王として振る舞ったかつての理由、天皇が日本に君臨し統治していた理由、人間としての自由と権限を法で縛り義務を課す理由。理由というのは、国を治めることにおいては、とても大事な大事な理由なのです。
 これを軽んじてしまう、これを浅はかにしてしまう。歴史に対して現代を生きた私たちが、後世にとって汚点を残してしまう可能性があるわけです。私たちの世代は傲慢で無知蒙昧、日本を亡国にしたおごり高ぶり勘違いした連中であると。この元号から見てもまさにそれが表れている、なんてことになってしまったら、目も当てられません。ここから先は敬意と尊敬を持ってあえて書きませんが、ある種の批判にもつながるわけです。
 そういうことを避けるためだからこそ、儀式とは無難であるべきと言いたいわけです。そして、熟慮されるべきで、なるべく変えるべきではないと。とても困った理由です。

 さて、長々と書いてきたわけですが、これを読んでいる皆さんはどう思いますか。私への誹謗中傷は良いですが、私への賛否はともかくとして。私は共通善の立場であえて私への賛否の立場の各々方へ意見を申し上げておきたいと思います。
 今回の元号で私は、不安になりました。私は言語学者でも有識者でもない、普通の文学には関係のない大学を出て、社会人をしているサラリーマンですが、そんな私に、ここまでの否定的な見解を書かせる「元号の選定」は、あまりにも思慮浅はかであると言えると思います。
 このような儀式的要素の強い行いを、無難に成し遂げることさえできなくなっている日本は、日本人は、やや衰退の兆しが見えると考えます。伝統というものは難しいようでいて、前例を踏襲してしまえば、全く難しくなく、かつ、問題が起こることも無いわけです。革新は先述したとおり、明確な理由が必要となるわけです。難しいことですし、やはりそれ相応の理由付けがいるわけですから。

最後に、次の元号の時代が栄華に満ちた平和の世であることを心から祈るとともに、かような現状に憂慮と警鐘を鳴らして、終わりたいと思います。お読みいただきましてありがとうございました。

# by dondiego4 | 2019-04-01 21:27 | 雑記